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2015年1月30日

カテゴリー: 蓼山 陵さん 「コンビニ探訪社会学」

家族のインフルエンザで感じたコンビニの存在感と可能性

■ 突然、「主夫生活」が始まった

正月気分も抜けた1月10日過ぎ。妻が「熱が下がらない」と言い、近くの開業医に向かった。1時間ほどして帰ってきたが、「インフルエンザではなく普通の風邪と言われた」という。ひとまず安堵して、処方された薬を服用し静養していたが、しばらくすると「熱がまた上がっている。38度になった」と不安な表情を見せる。
「タイミングが合わず、検査で出なかっただけかもしれない」。
再び、先ほどの医院に向かった。

「やっぱりインフルエンザだったわ」。
帰宅した妻は、和室にこもり静養。それから、家事はすべて筆者が行うこととなった。

朝6時起床。朝食の準備にかかる。米をとぎ、しばらく水を吸わせて炊飯器のスイッチをオン。その間に味噌汁、卵焼き、アジの開きなど、食卓に並べるおかずを作る。7時、朝食。妻は別室で。7時半、ゴミを集積所に出し、娘を駅まで車で送る。帰宅後、食器洗い。その後、洗濯と掃除。洗濯ものを干し終えると、いつのまにか10時近い。ようやくコーヒーブレイク。

その後、仕事に取り掛かる。取材した内容を原稿にまとめたり、編集者とメールでやりとりしたり。あっという間に12時を回っていた。そこでランチタイム。食欲のない病人のために雑炊を作る。自分は残りごはんでオムライス。

13時過ぎ、再び仕事に。15時を回ったころ、日差しが弱くなってきたので洗濯ものを取り入れる。畳んで整理。近くのスーパーへ夕食の食材を購入に向かう。17時。浴槽を掃除し、湯を張る。そして夕食の準備。
18時過ぎ、娘が帰宅。夕飯。夕飯後の食器洗いは娘がやってくれた。

とまあ、こんな感じで1日があっという間に過ぎていった。

 

■ たった1週間でも大変な苦行であることを実感

「主夫生活」は1週間近くに及んだ。この間、遠くへ出かけなければならないような取材が入っていなかったので、なんとか自宅で仕事を兼ねて家事をこなすことができた。今回の体験で、ただの日常と思っていた光景が、全く違ったものに見えてきた。これまでも週末などに料理をすることはあったが、それは自分の趣味でする世界。毎日毎日、決まった時間に同じレベルのサービスを家族に提供し続けるということが、いかに大変な実務であるかを実感させられたのである。

妻がインフルエンザで1週間寝込んだだけでも、家族の負担はグンと重くなった。幼い子供がいる家庭、両親が働いている家庭、介護が必要な高齢者を抱える家庭、高齢者の単身世帯などは、さらに大変だ。家事という労働の負担が、妻や高齢者に重くのしかかっているのは間違いない。幼児、要介護高齢者、病人を抱える家庭においては、毎日の家事の継続そのものが、重負担なのである。さまざまなニュースや、耳にする話などから、それは頭では分かっているつもりだった。今回それを、身を持って味わうことになった。

 

■ 改めて痛感したコンビニの「身の回りサービス」のありがたさ

わが家は、妻が1週間で回復し、以前の日常が戻ってきたからいい。しかし、前述したようなさまざまな事情を抱える家庭における重負担を解消するには、本来なら行政の手厚い補助が欠かせない。ところが、待機児童問題、家庭介護、単身高齢者支援など、十分なケアが行き届いていないのが現状だ。一方で、現実は常に進行している。

そこで改めて見直したいのがコンビニの「身の回りサービス」だ。お弁当や惣菜の宅配、希望する日に、献立に応じた食材を宅配してくれるサービス、スタッフが高齢者の自宅に注文を取りに来てくれるサービス、通販注文品をコンビニのカウンターで受け取れるサービスなど、重い家事労働の負担を和らげてくれるサービスを活用しない手はない。

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今後、さらに「身の回りサービス」の需要は増えるはずだ。そうした中で、間違いなくニーズがあると思いうのが「家事代行」である。キッチンの清掃、草むしり、照明器具の交換など、すでに、一部の業者が短時間での代行サービスを行っているようだが、コンビニがこの分野に関連業務として参画すれば、単身高齢者を中心に歓迎されると思う。法的な問題、規制などをクリアできれば、コミュニティ・インフラとしてのコンビニが提供できる「身の回りサービス」は無限にあるのではないだろうか。

 

蓼山 陵