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-社長コラム-「新浪です」 | 「お客さまに、より近く」この想いを胸に、ローソン社長・新浪剛史がコンビニエンス業界のあり方や、取り巻く社会の過去・現在・未来を率直に語ります。

これからあるべき資本主義

問われている資本主義

いま、資本主義の「あり方」そのものが問われています。つい最近までの資本主義は「勝者」と「敗者」が明確に分かれ、その格差をどんどんひろげていく資本主義でした。その結果として、昨年9月、アメリカの大手証券会社リーマン・ブラザーズの破綻という大事件が起きました。いわゆる「リーマン・ショック」です。それによって、世界中が不況の波に呑み込まれてしまいました。

そのリーマン・ショック以前から、資本主義のあり方に疑問を感じている人たちはいました。私も、その1人です。一攫千金で一部の人たちだけが裕福になり、その他の大勢の人たちは生活にも困るような資本主義に馴染めないというか、違和感がありました。

もっとも、一攫千金がアメリカの歴史において重要な役割をはたしてきたことも否定するわけにはいきません。カリフォルニアで金を掘り当てるといった一攫千金を夢みて行動するエネルギーが、アメリカを今日のような大国に押し上げてきたことは事実です。アメリカン・ドリームが、アメリカ人のDNAに組み込まれているのは確かなことなのです。そうしたアメリカ的な資本主義が世界を席巻し、行き過ぎた結果がリーマン・ショックとして現れたことになります。

しかし、行き過ぎを、どこで止めるか、これは難しい問題です。誰もが同じ方向を目指して突っ走っているなかで、なかなか「ストップ」とはいえなかった。ただ、リーマン・ショックを経験した現在、これまでを反省する姿勢は必要です。金儲けを「悪」と頭から決めつける日本的な風潮は行き過ぎとしても、「金儲けだけが評価される」という考え方は変えていかなければいけません。資本主義の「あり方」を問い直し、あるべき姿を追求していかなければならない、ということです。

共生を実現する経営が求められている

今回のリーマン・ショックで改めて思い知らされたのは、「自分だけが儲ければいいのではなく、社会全体が豊かにならなければダメだ」ということではないでしょうか。企業で言えば、ただ利益を追求するのでなく、社会との「共生」を重視しなければならない、ということでしょう。それこそが、これからあるべき資本主義の姿のキーワードになるとおもいます。

もともと日本人は、歴史的にいって農耕的なDNAを強くもっています。「自分だけよければいい」という発想では成り立たないのが農耕社会です。田に水を引くためには用水路が必要ですが、それは1人の力ではつくれない。みんなが協力しあってこそ用水路を完成させることができます。助け合って何かをやっていこうとする「共生」の考え方が根本になければ、社会そのものが成り立たない。

しかし、その共生の考え方が、なかなか経営の場面でも発揮できていなかった。短期的な利益を重視するアメリカ型の資本主義こそが「グローバル・スタンダード」だ、とされていたからです。ほんとうは「アメリカン・スタンダード」でしかなかったのですが、〝世界共通のルール〟であるかのように錯覚させられていました。日本だけでなく、それは世界各国、共通の錯覚だったといえます。

そのアメリカン・スタンダードの資本主義が崩壊した現在、求められているのは共生を大事にする資本主義だと、私は考えています。まだ、多くの人たちが、資本主義のあり方について迷っているところです。リーマン・ショックによる不況のダメージがあまりに深く、変化に対して、怯えてもいます。でも、変わらなければいけない。いまは、古い資本主義から新しい資本主義に変わろうとしている、まさに「過渡期」だといえます。

日本的の押しつけではなく、グローバルな昇華

角川学芸出版発行
角川ソフィア文庫
「論語と算盤」
渋沢栄一著

日本が歴史的に共生のDNAをもっているからといって、これからあるべき資本主義が「日本的なもの」ということではありません。欧米的なマネジメントがダメになると、すぐに「日本的なマネジメントに戻れ」と叫びはじめる人がいます。能力主義の欠陥が目立つようになると、日本的な終身雇用に戻るべきだ、といった論調になるわけです。

しかし、それでは何も変わりません。ただ、過去を繰り返すだけのことで、そこに進歩はありません。必要なことは、少しずつでも進歩していくことです。それには、欧米的にこだわるのではなく、日本的にこだわるのでもない、その両方を発展させていって、これからあるべき資本主義に昇華させていかなければいけません。

かつて明治維新で日本が大きく変わっていく時代に、「和魂洋才」という言葉がさかんに使われました。日本人としての精神を大事にしながら西洋の優れた学問を受け入れる、という意味ですが、それを見事にやってきたからこそ、その後の日本の発展があったわけです。和洋のいいところを取り入れて「文明開化」に昇華させたからこそ、「世界に誇れる日本」になれたわけです。(しかし、その後天狗になりすぎて大失敗したのですが…)

それと同じことが、いま求められています。しかも、これからあるべき資本主義は、日本にとってだけの資本主義ではありません。日本をふくめた、世界中の国にとって必要な資本主義のあり方だと思います。

「日本資本主義の父」といわれる渋沢栄一は、「論語と算盤は一致すべし」と主張していました。経営には論語が諭しているような倫理観が重要だ、というわけです。まさに、社会と企業の共生です。

倫理観には、それぞれの国の歴史、文化、哲学といったものが反映されます。国によって、いろいろな考え方があり、倫理観があるわけです。だから、それぞれの国で、それぞれの「和魂洋才」が必要になってくる。それをやりつつ、自分の殻にこもるのではなく、これからあるべき資本主義を模索して互いに議論していくべきです。そういう議論ができてこそ、ほんとうの意味のグローバリゼーションだし、グローバルに通用する資本主義ができあがるはずです。